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熊本地方裁判所 昭和35年(行)3号 判決 1961年1月10日

原告 野口太

被告 熊本国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し、昭和三十四年十二月十日、原告の昭和三十三年度分総所得金額を三十九万千四百円、所得税額を三万七千円とした審査決定は之を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

原告は肩書住所で自転車販売業を営む者であるが、原告の昭和三十三年一月一日から同年十二月三十一日までの総所得金額は金二十一万六千三百円であるので人吉税務署長にその旨確定申告をなした。ところが、人吉税務署長は昭和三十四年五月十四日、原告の総所得金額を金五十五万二百円とする旨の更正処分をなし、所得税額を金六万九千五百円としたので、原告は同年六月一日右税務署長に対し再調査請求をなし、右税務署長は、同年七月二十日総所得金額を金四十七万七千三百円とする一部取消決定をなした。原告は更に同年七月二十九日被告に対し審査請求をなし、同年十二月十日総所得金額を金三十九万千四百円、税額を金三万七千円とする審査決定をうけた。しかしながら原告の総所得金額は次のとおりである。即ち

原告の昭和三十三年一月一日より同年十二月末日までの間における売上高は二百三十四万五千七百四十二円であり、販売原価(期首棚卸金額六十三万九千五百三十六円と仕入金額百九十九万四千九百八円の和から期末棚卸金額六十三万三千百六十四円を減じた差額)は二百万千二百八十円であるから、売上高から右販売原価を減じた差額三十四万四千四百六十二円が差益金額である。

一般経費は公租公課が千七百四十円、荷造運賃七千三十五円、水道光熱費二千七百九十二円、旅費通信費三万四千二百九十円、広告宣伝費七千七百円、接待交際費一万二千五百六十一円、火災保険料五千五百円、修繕費三千二百七十五円、消耗品費千二百六十二円、減価償却費五千九百七十六円、事務用品費八百八十六円、雑費三千五百七円、計八万六千五百二十四円であり、前記差益金額から右経費を減じた額は二十五万七千九百三十八円である。

次に雑収入が七万四千八百二十六円あるから右差引金額との和三十三万二千七百六十四円が算出所得金額となり、特別経費として雇人費一万三千円、地代家賃七万五千六百円計八万八千六百円を右算出所得額から減じた金額二十四万四千百六十四円が事業所得金額になる。

よつて被告の審査決定は原告の所得を単なる見込をもつてなされたもので過大失当であるから原告は右違法処分の取消を求める。

被告の答弁に対して、原告は被告が棚卸金額を査定するに当つてとつた逆算による推定方式そのものを違法であると主張するものではなく又右推定方式による計算関係が被告主張のとおりであることは争わないが、かかる推定方式は期首棚卸金額の査定に必要な明確な資料を欠く場合に限り用うべきもので原告の主張する棚卸金額は確かな記帳に基くものであるから被告は原告主張の棚卸金額を認めて審査決定をするべきである、と述べた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、原告の請求原因に対して次のように述べた。

原告主張の請求原因事実中冒頭より被告の審査決定までの事実は認める。原告主張の総所得額算出方法中昭和三十三年期首棚卸金額及び右金額の関係する額を除いてその余の金額は全て争わない。

原告の昭和三十三年期首棚卸金額は四十六万七千六百九十円従つて、総所得金額は四十一万六千十円となるのであつて被告が右のとおり主張するのは以下述べる理由に基く。即ち、

原告は昭和三十二年十一月十七日から営業を開始したものであるが、係争年分の期首棚卸金額を原告主張の六十三万九千五百三十六円とするにはこれを認めるに足る正確な資料がないばかりか棚卸金額を原告主張のとおりとすると昭和三十二年分と翌係争年分売買差益率が著しく違い不合理であるので、両年分の平均差益率により昭和三十二年分の差引原価額を算出し、これにより同年分の期末棚卸金額(係争年度の期首棚卸金額)を算出した。

昭和三十二年、同三十三年の仕入総額四百十三万二百二十二円、昭和三十三年期末棚卸金額六十三万三千百六十四円、差引原価(仕入総額から右棚卸金額を減じたもの)三百四十九万七千五十八円、昭和三十二年、同三十三年の売上総額四百三十八万四千六百三十二円、売買差益(右売上額から前記差引原価を減じたもの)八十八万七千五百七十四円、差益率(売買差益を売上総額で除したもの)二〇・二四パーセント、原価率(一〇〇パーセントから右差益率を減じたもの)七九・七六パーセントであり、昭和三十二年分の売上原価は同年分の売上高五十四万二千三百六十円に右原価率を乗ずれば四十三万二千五百八十六円となり、昭和三十二年期末棚卸金額は同年仕入額九十万二百七十六円から右売上原価を減ずれば四十六万七千六百九十円となる。

よつて右金額を昭和三十三年期首棚卸金額とすれば原告の係争年度総所得金額は四十一万六千十円となりこの範囲内でなされた被告の審査決定は何らの違法なく、これの取消を求める原告の本訴請求は失当である。

(証拠省略)

理由

原告主張事実中係争年の期首棚卸金額を除き当事者間に争がなく、原告は右棚卸額を正確に記帳したところ実際に存在した金額が被告主張の金額よりも多い六十三万九千五百三十六円であつたと主張するので、考えてみるに、右原告主張の棚卸金額の存在を推認させるものは僅かに証人水崎光雄の供述に同証人が棚卸に立会つて記帳した結果甲第一号証記載通りの棚卸額になつたとあるだけで他に何もなく、右供述も、同証人が原告の棚卸に立会つたのは原告が以前に右証人の所で働いていたことがあり、同人から商品を買入れて商売をしている関係から期末にはいつも原告の販売の結果を確認するために棚卸に立会うというのであり、これは卸主が小売店の棚卸に立会うという点自体が容易に首肯し得ない上に、同供述によれば棚卸の明細表は同証人の世話で原告が農林中央金庫から資金を借入れる際、同金庫に提出した上、右関係書類一切を同証人が原告に郵送する途中で紛失したとあり、この様に権利義務に直接関係してくるような重要書類を普通郵便で郵送(書留便でなく単なる速達便であること同供述から認められる)することが商人の行為としてはあまりにも軽卒であり、郵便事故による紛失の事実自体を疑わせるものであるが、証人河野愃詞の供述及び成立に争のない乙第一号証の一ないし五によると原告が農林中央金庫に提出した書類の中には棚卸の明細表は含まれていなかつたと考えられるなど、水崎証人の証言内容が不合理或は事実に合しないと考えられる点があるのでたやすく信用することができない。従つて甲第一号証が棚卸の原始記録であるとの点もたやすく信じることができない。その他原告主張の棚卸額を認めるに足りる証拠はない。

ただ、証人河野愃詞の供述及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、被告は審査決定に当り一応原告主張の棚卸額を認めていたことが窺われるのであるが、しかしながら同証人の供述によると、これは被告が審査決定をするに当り原告の昭和三十四年九月現在の差益率を算出してみたところ、原告の計算した差益率との開きが大きかつたため原告主張通りを認めるわけにはいかなかつたが、期首棚卸金額が間違つているという確たる資料を有しなかつたため、原告主張の棚卸金額を認めて、売上高を原告主張よりも多く認定し差益率からみて妥当と考えられる審査決定をしたところ、後刻に至り原告が農林中央金庫に提出した書類によつて、原告の昭和三十二年、同三十三年の仕入高、売上高が明瞭になつたので右に基いて差益率を算出したところ先に算出した差益率に近い数が得られ、これに基いて係争年の期首棚卸金額を四十六万七千六百九十円としたことが認められ、被告の主張が恣意的に変更されたものでなく、その計算方法は合理的な根拠に基く矛盾のないものであると考えられるのである。

従つて被告主張の期首棚卸金額は合理的なものでありこれに基いて原告の係争年総所得額を算出すれば四十一万六千十円となることは当事者間に争のない計算関係上明らかであり、被告が原告の係争年総所得額を右金額の範囲内で三十九万一千四百円とし、所得税額を三万七千円と審査決定したのは適法なものであり、これの取消を求める原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浦野憲雄 村上博己 片岡正彦)

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